昨日、今日と、感想と。
5月11日
いよいよ、関西へ帰る日。
8時半くらいには身支度は終わってたが、なんか寂しくて結局9時過ぎまでダラダラしてしまった。
いよいよ出発。
過積載バイク。ごめんよ。
どうでもいいけど、「しない、させない、過積載」って標語、いいな。
家のすぐそばで
お世話になりました
せっかく北陸にきたので、帰路とは真逆だけど、能登半島の方に寄り道しに行くことに。
目指すは能登島大橋
まちを超え、山を超え。
山道を抜けて平野が見えてきた時の安心感は、病みつきになりそう。
抜ける集落抜ける集落、どこもかしこも田植えしてた。
田植えシーズン真っ盛り。
バイトさせてくれんかなぁ。
田んぼの真ん中の一本道。
両サイドの山が後ろに流れていくのが気持ちいい。
能登島大橋に到着。
天気、そこまで良くなかった。。。
海がきれいなんだこれが。
意図せず標識がメインになることがよくあるのだけれど、いい写真っぽく見えるからありがたい。
道の駅のとじまで昼食。
バイク駐めるとき、ごっついバイク乗ってるライダーさんが僕のナンバー覗き込んでこられたので、
「京都からちっちゃいバイクで来たんですよー。」って言ってみたが、微妙な感じで会話は終わった。
とっさに話すのは苦手なんだ。
自分から話しかけたけど。
食事の写真撮るのってなんか恥ずかしいので、無音カメラで。
前に仕事中に写真撮ってたときも、無音カメラにはお世話になった。
食後は次の目的地、千里浜なぎさドライブウェイへ。
道中は特に何もなかったので省略。
千里浜なぎさドライブウェイ
日本で唯一、砂浜を自動車で走れる道。
どういうわけか、色が黒っぽく変わっている部分は砂が固まっていて車輪が沈まない。
全長8km
写真には伝わらぬこの良さ
とにかく行ってみるべし!
バイクがおすすめ!
記念撮影
みんな車とかデカいバイクとかで来てる中、アドレスはちょっと恥ずかしかった。
そっからはひたすら帰る!
夜はサークルの合宿に、OBとしてちょこっと顔を出す。
8時に滋賀の高島集合。
ひたすら帰る!帰る!帰る!
途中、敦賀付近の道の駅で見た夕日に励まされながら、帰る!帰る!帰る!!
4時間ほぼぶっ通しで運転して、なんとか間に合い、高島の宿で一泊。
久々にサークルの仲間とワイワイして、楽しかったなぁ。
5月12日
チェックアウトまで時間があったので、散歩へ。
またまたご活躍の標識様。
チェックアウトして、琵琶湖の西岸沿いを南下。
多分有名な鳥居の横を通りかかったので写真に収める。
途中、自動車専用道路に阻まれ、琵琶湖の沿岸を離脱。
一転、今度は山の中へ。
行きは不慣れだった山道にも、すっかり慣れてしまった。
モータースポーツ中継の解説が言っていた、「アウトインアウト」もどきを駆使してカーブをさばいていく。
山の中なので景色は変わらないが、着実に京都は近づいている。
県境を表す「京都府」の看板を通過した頃には、僕のこころのなかには、富山を離れた寂しさと、これからの京都での暮らしに対する期待感が同居して、渦を巻くようになっていた。
富山で、都会では恥ずかしいだとか、おせっかいだとかされるような、真っ直ぐな人の温かさに触れてきた10日を過ごし、再び僕はこの京都のまちで、ひとり暮らすワンルームマンションに向かっている。
標識の「京都 〇km」の数字はみるみる小さくなり、車の排気音の群れが近づいている。
心の中がゴチャゴチャのまま、スロットルを開け続ける。
ふいに、視界がひらけて気温がグッと上がった。
目の前には京都のまちが広がっていた。
燦々と照りつける初夏の日差しは、
僕の中の「期待感」の背中を押した。
はず。
10日間の富山滞在を終えて
富山に行く前より少し気温の上がった京都は、行く前と全く違って見えました。
人だ、人がたくさんいる。
僕が富山に行く前と比べて、特段観光客や人口が増えたというわけではありません。
人を「人」として強く意識するようになった気がします。
昨日まで、僕がいた集落は人口100人前後。
僕の行動範囲ですれ違いうる人数でいえば30人にも満たないと思います。
そんなところにいた次の日に、人口150万弱、それに加えてたくさんの観光客がやってくる京都市に帰ってきたわけです。
京都の交差点でひと信号止められて待とうものなら、富山の集落で僕が出会った人数を優に超える人数とすれ違うことになるでしょう。
一日にして、「人がほとんどいなくて、たまにすれ違う人は全員知り合いの世界」から、「無数の人とすれ違う世界」にきた。
このことが僕の感覚に変化をもたらしたのだと思います。
これだけ人が多い京都では、すれ違う人全員と知り合いになることは不可能です。
同じ授業とってたとか、バイト先の上司だとか、いろんな理由をつけて関わる人を選択して、それ以外の人のことは、無視してすれ違わなければなりません。
そんな環境から、「いる人全員知り合い」の富山に滞在した中で、よそ者の僕を温かく受け入れてくれる集落の人々の姿を見て気付かされたこと。
それは本来「仲良くなることに理由など必要ない」ということでした。
都会では人が多すぎるから、何かと理由をつけて関わる人を選択していかなければいけないけれども、本来はいる人誰とでも挨拶して、おしゃべりすればいいんだと。
都会では、お金があればものがすぐ手に入って、不自由なく暮らせます。
そんな環境にいるうちに、ひとりで生きてるような気になって、過度に人と仲良くなることに理由を求めるようになって、お金稼ぐことだけに必死になって、、、自分から1人になろうとしてた気がします。
理由だとかどうだとか言わず、接点ある人とはとりあえず仲良くなろうとすればいいんだと。
そんなこと考えながら町を歩いていたら、街ゆく人々がみな、「関わりうる人」に見えてきて、「あ、人がいっぱいいる!」ってなったってことです。
何をうだうだ言ってんだって感じですね笑
とにかく、100人以下の集落に滞在して、すぐに都会に戻ってくることをおすすめします!
感覚変わりますからっ!
…なんて言ってる僕のこの「感覚」もいつまで続くかわかりませんが笑
とりあえず「感覚」があるうちに、珍しく意味もなく外に出て、人を感じてます。。。